ピノキオ病作 嘉瀬陽介 「ピノキオ病ですね」 医者がカルテにペンを走らせながら真剣な眼差しで男の顔を見つめた。 「ピ、ピノキオ病?」 「そうです。ピノキオ病です」 男は初めて聞く病名に動揺を隠せず、医者のほうへと身を乗り出した。そして、二十センチもあろうかという異様に長い鼻を右手で摩りながら言った。 「ピノキオ病って、あの物語のピノキオですか?」 「そう、あの物語のピノキオです」 男は、眼前の医者が自分の鼻のことを馬鹿にしているのかと思った。しかし、医者の真剣な表情を見る限り冗談というわけでもなさそうだ。 医者が続けた。 「ピノキオはご存知の通り物語です。だが、物語のすべてが作り話というわけではありません。嘘をつくと鼻が伸びる。これは我々の日常生活において実際に起こっていることなのです。ただし、一回の嘘につき伸びる長さは1ミクロン以下、ほとんどの人は、自分の鼻が伸びていることに気がつかないまま人生の幕を閉じています。まあ、ピノキオは大袈裟な物語ですが、嘘をつき過ぎると徐々に鼻が伸びてくることは紛れもない事実です。――それにしてもあなたの症状は酷すぎる。もしこれ以上鼻が伸びるようなことがあれば、それは生死に関わる問題です」 男は愕然とした。今までの人生五十年、己を捨て仕事に忠実に生きて来たのに・・・・・・。男は医者の両手を握り、それを上下に振りながら、 「治るんですか?」 と、情けない笑顔を作った。 「治りはしません。ただし、現状は維持できます。とにかく嘘をつかないことです」 医者は答えた。 翌朝、首相退陣のニュースが新聞の一面を賑わした。そして写真には、異様に長い鼻を持った男の顔があった。 |